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派遣バイトをやっていた頃の話をしようと思う。

僕が行った現場は、洋服などの通信販売をしている企業の倉庫だったのだが、はじめ僕は古着をたたみ、袋詰めにする仕事に割り当てられた。

しかし、僕はこの「たたむ」という行為が生まれつき非常に苦手なのだ。

たたみ方にはマニュアルがあり、初めてやる人でもできるように考えられているのだが、僕がこのマニュアル通りにたたんでも必ずズレてしまう。

その度に責任者にやり直しを命じられるのだが、何度やっても綺麗にたたむことができない。

時間をかけて綺麗にたたもうと心がけると、今度はそのペースではノルマに追いつかないと言われる。

痺れを切らした責任者は、僕を「たたみ」の担当から外し、「三分割」の仕事に移動させた。

「三分割」とは、主に洋服をその種類ごと(コート、ワンピース、ボトムス等)に振り分ける仕事なのだが、要領の悪い人間だと判断された僕は、その振り分けた洋服を入れるためのダンボール作りを任された。

ただひたすらにダンボールを折り曲げ、テープで留め、できたダンボールを積んでいく作業は、体力のない僕にとっては過酷な重労働だった。

真夏だったこともあり、額に、脇に、腹に、背中に、腰に、全身に汗が噴き出した。

だが、洋服を満足にたたむことすらできないグズな僕には、こういった力仕事しか与えられないのも仕方がない。
そう思って黙々とダンボールを作っていった。

やがて、一日中ダンボールを作る日々が一週間を過ぎた頃、僕は別の仕事の担当になった。

移動した担当先は「ピッキング」。
洋服を、あらかじめ渡される紙に書いてある番号の場所に置く作業なのだが、そこでも僕は洋服を置くためのダンボール作りを任された。

今度はダンボールの作り方が変わり、さらに作ったダンボールを半分に切る作業がプラスされた。

自分で作ったダンボールを、自分で切る。
この作業は苦痛だった。
せめて作る人間と切る人間が別であれば。
自分はなぜこんな事をしているのか。
自分で作ったものを自分で壊すという滑稽さ。
僕はやがて考えることをやめ、文字通り機械のように作業に没頭した。
ひたすらダンボールを作る。切る。作る。切る。......

そんな作業を数日間やっていて、僕はふとある事に気づいた。
それは、どうもこの仕事を任されるのは、僕のように他の仕事で「使えない」と判断された人たちであるという事だ。

僕の他にこのダンボール作りを任されていたのは、小太りでメガネをかけた40歳の男と、こちらも同様に太った、恐らく50代の男の二人だった。
50代の男は、ピッキングをやっていたそうなのだが、ここに移動を命じられたらしい。
彼は何日かの仕事の後、やがて仕事を無断欠勤し、辞めていった。
40歳の男は、僕同様「たたみ」の仕事から外されて、ここに来たらしい。
彼は自分の生い立ちについて僕に語ってくれたのだが、それはここでは伏せておく。
その40歳の男なのだが、彼は僕以上に作業が遅かった。
誰が見ても「ドン臭い」と感じるだろう。
話し方などを聞いて思ったのだが、もしかしたら彼は何らかの障害を抱えていたのかもしれない。
ともかく、ノルマを達成するために、僕は彼の仕事の分までやらなければならなかった。

僕は大学の夏休みの間の約2ヶ月間ここでバイトとして働いていたが、それは想像以上に過酷だった。
意識が朦朧として、熱中症寸前に陥ったこともあった。

世の中には、このような仕事を毎日している人間がいる。
そして、それは未来の僕かもしれない。
ある種の絶望とともに、そんな感慨を、僕は持った。