小説4『星空は砂と化す』

男は空を見上げていた。

夜の空は星が見えるか、雲間から月が顔を覗かせるか、雲が全てを包み込むか、いずれにしても暗色の景色を見せるものだ。

だが、男に見えた景色は一面灰色の景色だった。

それは、男の心の内を表現しているかのようだった。

男には夢らしい夢も、希望らしい希望もなかった。

無限に広がる砂漠の中をさまようようにして、男は生きてきた。

人は一人で生まれ、一人で生き、一人で死ぬ。

それが男の人生観だった。

人と感情や行動を共有する事は、軟弱で愚かな行為に思えた。

男はヘッドホンをつけ、音楽を聴き始めた。

男が聴く音楽はもっぱら、テクノをはじめとする電子音楽だった。

加工された歌声と、整然と打ち込まれた音の数々。

人工的な音の漂流に身を委ねる事は、男をつかの間の安楽へ誘った。

大地に腰を下ろし、どこを見るでもなく、灰色の景色を眺めていた。

「この世をば、我が世とぞ思う望月の、欠けたる事もなしと思えば...。」

男はふと、心に浮かんだ短歌を口に出した。

藤原道長が詠んだその歌は、なぜだかひどく男の心に共鳴するように思えた。

不意に男は、なぜ目の前の景色が灰色に包まれているのかを理解した。

男にとって、それが完全な世界だったのだ。

月や星は砂と化し、雲と交じり合って灰になる。

誰とも交わる事なく生きてきた男が、ずっと心の拠り所にしていた世界。

男は立ち上がり、街へと歩き出した。

灰色の世界が、男の心を満たしていた砂が、男にとっての無限の情愛が、静かに降り注ぎ始めた。