孤独は、悲哀の涙と優しき温もりに包まれて・・・
俺が初めてD≒SIRE(デザイア)というバンドを聴いたのは、大学に入った20歳のとき。この頃になると、俺は完全にヴィジュアル系、特に90年代のヴィジュアル系バンドにドップリ傾倒し、それまではよく見ていた歌番組も見なくなり、「流行りの唄も歌えなくて、ダサいはずのこの俺」状態になっていた。
大学ではサークルにも入らず、友達もいなかった(泣)俺は、その日も授業が終わると日課である中古CD漁りのために、横浜ビブレ最上階にある「聖地 -BOOK OFF-」へと赴き、その500円コーナーで、俺はD≒SIREのファースト・アルバム『終末の情景 -La Scène Du Finale-』と邂逅 -come across- したのであった・・・。
『終末の情景』収録の「追憶」。この曲を聴きながら何度涙を流したことか!
彼らの曲には、頭のネジが緩んだバンギャ連中が好むような絶叫シャウトやデスボイスは一切ない!彼らの曲は非常にメロディアスで、どこまでも切なく、哀しい・・・。
当時、シャウトをするバンドしか好きになれなかったほど終わっていた俺でも、メロディで、これほどまでに哀しみを表現できるのかと非常に衝撃を受けた・・・!
そして、「普通、孤独人間20年やってらんないでしょ!?」状態で絶望のただ中にあった俺にとって、悲しみに沈む孤独な男といった感じのヴォーカル、幸也 -YUKIYA- の歌と歌詩(歌詞ではなく歌詩!)には、心が癒されたような気持ちになり、不覚にも涙してしまった・・・!
それからというもの、俺はD≒SIREの音源を集めまくり、幸也がD≒SIRE解散以降に結成したJILS(ジルス)、Kαin(カイン)の曲も聴くようになっていった。
D≒SIREの頃より少し優しくなった幸也の歌声、しかし、その根底にあるのはやはり切なさと哀しさ・・・。
この曲を聴いたとき、俺は自分の生を肯定されたような気がした。
生きていていいんだよ・・・。生まれてきてよかったね・・・。
あぁ、幸也様・・・(涙を流しながら)。
幸也はプロデューサーとしても活動しており、彼がプロデュースしたバンドの曲には少なからず幸也テイストが入っているのだが、本当に純粋なD≒SIREフォロワー、幸也フォロワーのバンドはなかなか見つけられない。
ちょっと似てるな、と思うバンドを見つけても、歌詞やヴォーカルを聴くと、「本物の孤独を経験した俺からしたらままごとにしか思えん」「圧倒的に哀しい経験がたりない、記憶が途切れる最後の瞬間とか知らんだろ?」といった感想を抱いてしまい、なかなか本物には巡り合えないのだ!こんなに素晴らしいバンドだというのに、その後継がいないとは嘆かわしい!
誰か俺の心を哀しみで癒してくれ!!!
幸也関連のバンドを聴き漁るうちに、俺はさらに孤独な人生を歩みながら(大泣)、以前にも増して哀しみを感じさせる音楽を好むようになっていった・・・。
最後に、俺が「追憶」と並んで好きなD≒SIREの曲、「静夢 -shizumu-」!
この曲を聴くと何故だか俺の住む横浜の海が思い出され、感傷的な気持ちになってしまうのだ!
アウトロで流れる、泣きゲーの回想シーンのようなオルゴールの音が懐かしさを呼び起こす・・・。
叶うなら、最後は魂の還る場所である海に沈みたい・・・。
静寂に包まれて・・・温もりに包まれて・・・。